心のマナ 稲田 勤牧師

 

911

 

 

『しかし、あなたに対して責むべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。そこで、あなたはどこから落ちたかを思い起し、悔い改めて初めのわざを行いなさい。』

ヨハネの黙示録2:4-5

 

 

 

おはようございます。豪雨、台風、地震と災害が続いています。終わりの時の切迫を知らせる時のしるしなのでしょうか。

 

 

 

「初心忘れるべからず」と言います。しかし、自分は「初心」を忘れてばかりいるなと思うのです。イエス様に従う決心をした時のあの若き日の情熱は今も残っているだろか・・・。牧師として献身することを決めたあの時の決意は続いてるだろうか・・。「健やかな時も病める時も愛するか?」と問われて、「はい」と答えた時の妻への愛は?わが子を抱いた時に心に沸き起こったあの愛情は?あげだしたらきりがありません。

 

 

 

この心のマナも始めたのは20064月頃だったと記憶しています。12年になります。今は忙しさに甘えて配信が滞りがちですが、当時は安息日以外は毎日、配信していました。当初の思いを思い出さないといけないなと反省しています。

 

 

 

人間の愛情や決意は薄れていくことがあります。しかし、イエス様の愛はそうではありません。「私は限りない愛をもってあなたを愛している」(エレミヤ31:3)という命がけの真実の愛が弱まったり、薄れたり、変わったりすることは決してないのです。

 

 

 

イエス様は今日もあなたのことを愛し、あなたの助けになりたいと心にかけて下さっています。その愛を思い起こし、その愛に立ち返ってそこにとどまりたいと思います。その時、家族への愛や仕事への情熱もきっとよみがえって来るはずです。

 

 

 

皆様の上に今日も主の愛と恵みとが豊かに注がれますように!

 

824

 

 

『落胆している者には、その友から友情を。さもないと、彼は全能者への恐れを捨てるだろう。』ヨブ6:14(新改訳)

 

 

 

おはようございます。台風の被害はありませんでしたか?

 

 

 

今朝のみ言葉は、愛する子供たちと財産を立て続けに失う厳しい試練の時、妻からは、「神を呪って死になさい」と突き放され、友からも、「おまえは何か悪いことをしただろう」と責められる中でヨブが語った言葉です。

 

 

 

他の聖書は、「絶望している者にこそ友は忠実であるべきだ」と訳しています。そうでないと、その人は神様をも否定するようになると言うのです。

 

 

 

苦しみや悲しみ中で人は孤独を感じます。誰も私の気持ちを分かってくれない、受け止めてくれないと感じるからです。そして、その孤独感の中で神様も分からなくなるのです。

 

 

 

しかし、もし、一人の真実の友がいたらどうでしょう。絶望している者に寄り添い、落胆している者の気持ちを受け止める者がいたらどうなるでしょう。きっとその人はその友を通して神様を肌で感じることができるのだと思います。

 

 

 

教会とは、そんな真実の友と出会う場所でもあるのではないでしょうか。今、試練の中で孤独を感じている方がおられるかもしれません。教会にはあなたに寄り添い、あなたの気持ちを受け止めてくれる友が必ずいるはずです。

 

 

 

あなたは一人ではないのです。共におられるイエス様を身をもって示してくれる真実の友がいるのです。

 

 

 

安息日を迎えます。主の平和が豊かにありますように!

 

 

8月21日

 

 

『神はこのような死の経験から、私たちを救い出して下さった。また救い出して下さるであろう。私たちは、神が今後も救い出して下さることを望んでいる。』コリント第二1:10

 

 

 

皆様、お変わりありませんか。

 

今年の夏は猛暑の日々でした。最近は朝夕に涼しい風を感じることができホッとしています。でも、また台風が接近していますね。日本列島が、また、皆様の生活が守られますようにお祈り致します。

 

 

 

パウロの生涯は困難と危険と障害に満ちていました。死を覚悟する経験も度々したようです。その中で彼は神様を信頼することを体得していくのです。

 

 

今朝のみ言葉はそんな彼の信仰の告白です。神様は全能です。どのような時にも私たちを助けることができます。救うことができます。支えることができます。導くことができます。

 

エレン・ホワイトは、「神のみ手を求めて手をさしのべている全ての者にとって、最も落胆している時が、神の助けが一番近い時である」と言っています。

 

 

 

今、どのような悩みを経験されているでしょうか。どのような試練の中にいますか?神様はあなたを助けることができます。神様を信頼して、希望を持って下さい。

 

今日も主があなたと共にいて下さいますように!

 

 

 

711

 

 

『そのように、すべてこれらのことを見たならば、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。』マタイ24:33

 

 

おはようございます。配信が滞ってしまい申し訳ありません。

 

 

 

西日本では災害が続いています。関西地区に大きな地震があり、この度は豪雨による大災害が起こりました。多くの方がお亡くなりになりました。生活の基盤を失い途方に暮れている方々、避難生活を余儀なくされている方々、ライフラインが止まって不自由している方々が多くおられます。

 

 

 

心が痛みます。主にある慰めと励ましが豊かにありますようにと心から祈ります。また、一日も早く復興が進み、被災した方々の日常が回復しますようにと心から祈ります。

 

 

 

災害が起こるたびに思います。神様はなぜこのような悲劇が起こることをお許しになったのかと。残念ながらその答えは分かりません。ただ、一つだけ確かなことがあります。イエス・キリストがこの地に戻って来る時が迫っているということです。

 

 

 

目を覚ますべき時が来ているのでしょう。人生に始めがあり、終わりがあるように、この世界にも始めがあり、終わりがあると聖書は教えています。キリストの再臨はそのクライマックスです。そして、それは新しい世界の始まりでもあります。涙が拭われ、痛みが癒され、苦しみが完全に過ぎ去る時となるのです。

 

 

 

この主にある希望が皆様に届きますように!

 

 

 

 

 

68

 

『主は牧者のようにその群れを養い、そのかいなに小羊をいだき、そのふところに入れて携えゆき、乳を飲ませているものを優しく導かれる。』イザヤ40:11

 

 おはようございます。今朝、このメールを受け取っておられるお一人お一人を思いつつ祈らせて頂きました。

 

 自分は牧者の腕に抱かれている小羊のように、神様のあたたかい懐の内に守られ、導かれているのだと思うと安心するのと同時に嬉しくなります。

 

 「乳を飲ませているもの」が別訳の聖書では、「母」となっていました。子育て奮闘中のお母様方にとっては、主が母を優しく導かれるという約束は大きな励ましになることでしょう。

 

 しかし、この聖句の前後を考えると、主ご自身が母のようにわが子を抱き、乳を飲ませ、優しく導かれると理解することもできるように思いました。

 

 聖書の神様は「父」と表現されますが、「母」のイメージで語られているところもあります。神様は、父のように頼もしく、母のように優しく愛情に溢れているのでしょう。

 

 安息日を迎えます。神様の懐に憩う一日となりますようにお祈り致します。

 

一週間お疲れ様でした。主にある平和と祝福が豊かにありますように!

 

 

 

 

6月5

 

 『私が声をあげて主に呼ばわると、主は聖なる山から私に答えられる。私はふして眠り、また目を覚ます。主は私を支えられるからだ。』詩篇3:4-5

 

 

おはようございます。大阪は快晴です。入梅前の最後の晴天でしょうか。青空と日光を楽しみたいと思います。

 

眠れるということは恵みだと思います。以前、薬の力を借りてもなかなか眠れない苦しさを味わった時期がありました。

 

振り返ってみると、その時の自分は、祈ってはいたものの自身の奥深い所では自分の力に頼って何とかしようしていたのでした。

 

神様は生きておられます。絵に描いた餅ではありません。祈って呼びかけると、聞いて答えて下さる方なのです。私たちを愛し、常に最善の道を備えて導いて下さる神様が日々私たちを支えて下さっているのです。

 

両親の保護と支えに全身を委ねて安心して眠る赤子のごとく、私たちも一切の重荷を神様に委ねて眠りにつくことができるのです。

 

今日もあなたを支えて下さっている主を信頼して、肩の力を抜いて自分の分を果たしていきたいと思います。主にある平和がありますように!

 

 

 61

 

 『この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。』ヨハネ1:45

 

 こんにちは。マラナタ講演会のために一月近く配信が滞っていました。申し訳ありません。皆様、お変わりありませんでしょうか。

 

 昨日、原因不明、治療法も分からぬ難病になった方にお会いしました。両手両足の先を失い、一人では何もできない状態です。人生の晩年にこのような試練に遭ったら、自分ならきっと深く落ち込んでしまったと思います。しかし、その方は明るく前向きなのです。人の目を気にせず奥様やヘルパーさんの助けを受けて外出を楽しんでいます。奥様も決して悲観せずに明るくてよく笑われるのです。

 

 人生は思いもしない闇で覆われる時があります。しかし、どんな暗闇も打ち破る確かな光があります。命を与える希望の光です。それは、聖書の言葉であり、イエス・キリストご自身です。

 

 イエス様という光を迎え入れる時、どんなに深く暗い闇も明るくなるのです。闇は決して光に勝つことはできません。光はどんなに小さくても必ず闇に勝利するのです。

 

 キリストはあなたと共におられます。キリストは私たちの心の内にお住みになります。心を開いて、イエス様を心の内にお迎えしたいと思います。

 

 安息日を迎えます。一週間、お疲れ様でした。主にある平和と祝福が豊かに訪れますように!

 

 

5月7日

 

『あなたがたは立ち返って、落ち着いているならば救われ、穏やかに信頼しているならば力を得る。』イザヤ30:15

 

 

 

おはようございます。連休明けで、気持ちがのらない中で登校、出勤した人がおられることでしょう。今日一日の守りと支えを祈ります。

 

 

 

私たち人間は待つことが苦手です。全てが便利になっていくなかで、また、多忙な現代人ゆえに無駄な時間を嫌う人が多いためにスピードが求められています。

 

 

 

今朝もテレビで注文から料理を出すまでが早いことで知られる店の紹介をしていました。注文して10秒~15秒で出てくるのですから驚きです。

 

 

 

でも、物事全てがそのように速やかにうまくいくわけではありません。思うようにいかないこと、結果がでるまで時間のかかること、ゆっくり相手のペースに合わせた方がよいことだってたくさんあります。

 

 

 

聖書は、「落ち着いて穏やかに信頼する」ことに力があると教えています。全てをご支配されて、全ての内に働いている神様を信頼する時、慌てることなく、待つことも、進むこともできるようになるのです。

 

 

 

子育てや仕事など思うようにいかなくても、神様を信頼して穏やかにしていたいと思います。

 

 

 

主にある平和がありますように!

 

 

 

 

5月4

 

『そこでまた、彼(イエス・キリスト)は、いつも生きていて彼らのためにとりなしておられるので、彼によって神に来る人々を、いつも救うことができるのである。』ヘブル7:25

 

 

 

おはようございます。ゴールデンウィークも後半に入りました。天候が回復して良かったです。今日からマラナ・タ講演会が始まるところが何か所もあります。お祈り頂けると幸いです。

 

 

 

「とりなす」という言葉はあまり日常では使わないかもしれません。仲たがいした両者の間に入って関係回復、和解のために労するという意味があります。子どもの頃、妹と弟が喧嘩するのをやめさせようとして最後は三人で喧嘩していた記憶があります。これでは「とりなす」者としては失格です。

 

 

 

イエス様は最高のとりなし手です。私たちは罪のゆえに神様との関係が悪くなっていますが、イエス様は私たちと神様との間をとりなして和解させて下さるのです。

 

 

 

情けない話ですが、私は毎日ように失敗や過ちを繰り返しています。そんな自分が神様に見捨てられることなく、いつも許され、支えられ、励ましてもらえるのはイエス様がとりなして下さるからなのです。感謝、感謝です。

 

 

 

イエス様は全て人の「とりなす」者です。イエス様のお陰で誰もが神様と共にある幸いを受けることができるのです。

 

 

 

安息日を迎えます。癒しと祝福と平和が豊かにありますように!

 

 

 

52

 

『また、いばらの中にまかれたものとは、み言葉を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとがみ言葉をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。』マタイ13:22

 

 

 

おはようございます。明日からはまた連休ですね。皆さまは何をなさるでしょうか。

 

 

 

先日の休みの日、私は家内とプチ断捨離をしました。片付けをして不要なものを捨てると心もすっきりとして来ます。自分の生活を振り返って、いかに必要以上の物に囲まれているかに気付かされた一日でした。

 

 

 

私たちの心も同様です。手入れをしないと色々なガラクタが溜まって整理がつかず重くなっていきます。そして、神様のみ言葉が届かなくなってしまうのです。

 

 

 

静まって祈る時間を大切にしたいと思います。祈りによって神様と対話していると雑多な思いが不思議と整えられて行きます。物事の優先順位も見えてきます。そして、今日一日ではこなせないと思っていた多くのやるべきことが、不思議に片付いていくのです。

 

 

 

朝のひと時、祈って聖書を開きましょう。忙しければ忙しいほど、この時間が必要になってきます。そうでないと文字通り心が亡んでしまいます。

 

 

 

皆様の心が整えられて、実りある一日となりますように。

 

 

 

420

 

(主は)あなたの生きながらえるかぎり、良き物をもってあなたを飽き足らせられる。こうしてあなたが若返って、わしのように新たになる。』詩編103:5

 

 

 

おはようございます。間もなくゴールデンウイークを迎えます。そして、全日本18マラナ・タ講演会が各地で始まります。私も今週末は岐阜教会で講演会です。お祈り下されば幸いです。

 

 

 

さて、神様はどのようなお方でしょうか。神様は常に最善をなして下さるお方であり、私たちにいつも最良のものを与えて下さるお方です。最善以下のことをなさることは決してないのです。

 

 

 

私たちの目から見たら最良とは思えない経験もあります。また、私たちが手放したくないと思うものが取り去られるような時もあります。しかし、神様がお許しになることは、全て私たちの救いと幸福のためのなのです。

 

 

 

「全てのことを感謝しなさい」(テサロニケ第一5:18)とありますが、どのようなことも神様からの「恵み」として受ける時に全てが感謝となるのでしょう。

 

 

 

安息日を迎えます。一週間の疲れが癒されますように!そして、神様のみ言葉によって新しくされる安息日となりますようにお祈り致します。

 

 

 

4月25

 

『私はぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。』ヨハネによる福音書15:5

 

 

 

おはようございます。大阪は今朝も雨が降っています。恵みの雨と思って感謝しています。

 

 

 

現代は人間関係が希薄になってきていると言われます。人とのつながりが少なくなり、多くの人が孤独を感じていると言うのです。

 

 

 

フェイスブックやラインをしている人も多いと思います。私も利用しているのですが、誰だかよく分からない方から友達申請を受けることがあります。人はどこかでつながることを求めているのだと思います。誰かとつながることで安心したいのでしょうか。裏を返せば、つながりがないと不安だと言うことでしょう。

 

 

 

イエス様は、「私につながっていなさい」と言われます。キリストにつながることは、確かな拠り所を持つことです。真の安心を得ることにもなります。

 

 

 

そして、ふどうの木と枝がつながってるからこそ実を結ぶように、キリストとつながるものは、豊かな実を結ぶものとなるのです。

 

 

 

皆様の上に主の平和がありますように!

 

 

 

420

 

『しかし実際、彼らが望んでいたのは、もっと良い、天にあるふるさとであった。・・・事実、神は彼らのために都を用意されていたのである。』ヘブル11:16

 

 

おはようございます。お元気ですか?体調を崩されたり、入院したりというニュースを耳にします。皆様のご健康が支えられますようにお祈り致します。

 

 

 

ふるさと喪失時代と言われます。実際の故郷を失うだけでなく、心の拠り所を失って現代人は漂流していると言われます。

 

 

 

しかし、聖書は真のふるさとについて教えています。私たちは漂流者ではありません。帰るべき場所を知っている旅人なのです。

 

 

 

行き先の分からない流浪の旅ではなく、帰る場所がはっきりしている安心と喜びの旅です。私たちは神様が備えて下さっている天のふるさとに帰るのです。

 

 

 

安息日を迎えます。安息日は、天のふるさとの交わりと雰囲気を先取りして味わい、経験する日です。

 

 

 

一週間の疲れが癒され、主にある平和に満たされる安息日となりますように!

 

 

4月16日

 

『おおよそ、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるだろう。』ルカによる福音書14:11

 

おはようございます。天気が優れない週末でしたが、今朝は大阪では青空が広がっています。皆様、いかがお過ごしですか。

 

 

 

高い所が好きな方がおられます。私は高所恐怖症ですので高いところは苦手です。今は七階に住んでいますが、七階にいることはできるだけ意識しないようにしています。

 

 

 

人間が高い建物を最初に建てようとしたしたのは、バベルの塔の建設だと思います。神様は言葉を乱してこの人間の計画を中止させました。バベルの塔の精神は、神様に対する不信仰と自分の栄光を求めることでした。

 

 

 

そのような思いが最初に始まったのは、後のサタンとなる天使の頭ルシファーの心の内でした。彼はその後、天の居場所を失い地に投げ落とされました。

 

 

 

謙虚であることはとても大切なことです。誰に対してもそうですが、何より神様に対して私たちは謙虚であるべきです。自分の力で生きてると思うことは高慢です。私たちは神様に生かされているのです。

 

 

 

そのことを忘れずに、今日という日を大事にしたいと思います。主にある平和がありますように!

 

 

 

 

413

 

『人はみな草のごとく、その栄華はみな草の花に似ている。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は、とこしえに残る。』ペテロ第一1:2425

 

 

おはようございます。大阪の天満橋界隈は、今、造幣局の桜の通り抜けで賑わっています。昨晩、私も見に行って来ました。

 

 

 

何種類もの桜の花があることに驚きます。私は「静香」という白に近い淡いピンクの桜の花が好きです。しかし、今年は時期が悪く、他の桜の中には既に散っているものも少なくありませんでした。

 

 

 

これから新緑と花々の季節を迎えます。しかし、美しい草花もやがて枯れて散っていきます。世の中のもの、また、私たち人間も同じです。やがて、朽ち果てていくのです。

 

 

 

いつまでも変わらずに残り続けるものは何か。それこそが真に大切な価値あるものでしょう。今日のみ言葉は、「主の言葉(聖書の言葉)は、とこしえに残る」と教えています。

 

 

 

今日も神様の言葉を支えにして、これに望みをおいて一日を過ごしたいと思います。

 

 

 

一週間お疲れ様でした。安息日の平和が豊かに訪れますように!

 

 

4月9

『主が彼らを導いて、砂漠を通らせられたとき、彼らは、かわいたことがなかった。』

                                   イザヤ48:21

 

おはようございます。お変わりありませんか?日替わりで寒暖の差があるのでどうぞご体調にお気を付け下さい。

 

 

 

さて、今週はどのような一週間になるのでしょうか。いろいろな予定があると思いますが、その通りにならないことも起こることでしょう。そのような時、私たちは苛立ちを感じるものです。

 

 

 

人生には神様の導きがあることを忘れてはいけません。私の人生に対する神様のご計画、神様の思いがあるのです。私たちはあまりそのことを気にかけずに、自分の計画通り、自分の願い通りになることを望むのです。

 

 

 

イスラエルの民は自分の思いに反して荒野に導かれました。食べる物、飲み水など多くの心配がありましたが、40年の砂漠の旅において彼らが飢えること、渇くことはありませんでした。

 

 

 

神様が導かれる道には、神様の助けと備えがあります。エレン・ホワイトはこう記しています。「神は、神の子らを彼らの知らない道に導かれるが、神は、神に頼る者を忘れたり、見捨てたりなさらない。」(人類のあけぼの 上巻 p127)

 

 

 

今週の歩みを神様の導きに委ねたいと思います。主にある平安がありますように!

 

 

3月26日

 

 

『主が彼らを導いて、砂漠を通らせられたとき、彼らは、かわいたことがなかった。』イザヤ48:21

 

おはようございます。お変わりありませんか?日替わりで寒暖の差があるのでどうぞご体調にお気を付け下さい。

 

 

 

さて、今週はどのような一週間になるのでしょうか。いろいろな予定があると思いますが、その通りにならないことも起こることでしょう。そのような時、私たちは苛立ちを感じるものです。

 

 

 

人生には神様の導きがあることを忘れてはいけません。私の人生に対する神様のご計画、神様の思いがあるのです。私たちはあまりそのことを気にかけずに、自分の計画通り、自分の願い通りになることを望むのです。

 

 

 

イスラエルの民は自分の思いに反して荒野に導かれました。食べる物、飲み水など多くの心配がありましたが、40年の砂漠の旅において彼らが飢えること、渇くことはありませんでした。

 

 

 

神様が導かれる道には、神様の助けと備えがあります。エレン・ホワイトはこう記しています。「神は、神の子らを彼らの知らない道に導かれるが、神は、神に頼る者を忘れたり、見捨てたりなさらない。」(人類のあけぼの 上巻 p127)

 

 

 

今週の歩みを神様の導きに委ねたいと思います。主にある平安がありますように!

 

 

 

『私は私の前にいる家畜と子供たちの歩みに合わせて、ゆっくり歩いて行き、セイルでわが主と一緒になりましょう。』創世記33:14

 

 

おはようございます。今日も大阪は快晴の花見日和です。皆様いかがお過ごしですか?

 

 

 

先月、韓国の平昌で冬季オリンピックが行われました。女子チームパシュートでは日本は見事なチームワークで金メダルを獲得しました。一方、韓国チームは選手間の関係の悪さが露呈してしまう残念な結果に終わりました。三番目の選手を他の二選手が半ば置き去りにしてゴールしてししまったのです。取り残された選手は傷ついたことでしょう。

 

 

 

歩調を合わせることは簡単ではありません。親の願うスピードについて来れない子供に苛立つ自分がいます。でも、本来は親が子供の歩みに合わせていく必要があるのでしょう。これは、あらゆる人間関係において言えることだと思います。

 

 

 

神様は私たちのに歩みに合わせて共に歩んで下さるお方です。弱く、遅い私たちに苛立つことはありません。また、決して置き去りにして先を急ぐこともなさいません。むしろ、主はあなたの背後からそっと手を添えて、あなたの歩みを後押しして励まして下さるのです。

 

 

 

安息日を迎えます。一週間お疲れ様でした。平和がありますように!

 

 

 

3月26日

 

『私は衰えはて、いたく打ちひしがれ、私の心の激しい騒ぎによってうめき叫びます。・・・主よ、私を捨てないで下さい。わが神よ、私に遠ざからないで下さい。主、わが救いよ、すみやかに私をお助け下さい。』詩篇38:8,21-22

 

 

おはようございます。事務所前の大川沿いの桜が見頃を迎えています。皆様、いかがお過ごしですか。先週は配信が滞り申し訳ありませんでした。

 

 

 

今日のみ言葉は、ダビデの信仰の詩です。何があったのかは分かりませんが、この時、ダビデは自分の無力さ、愚かさ、醜さに打ちのめされて嘆いています。

 

 

 

私たちも同じような経験をする時があります。そのような時はどうしたら良いのでしょうか。

 

 

 

ダビデは、神様にすがっています。「私を捨てないで下さい。遠ざからないで下さい。すみやかに助けて下さい」と。切実な祈りです。叫びです。

 

 

 

「神の導きのみ手を求めて手を差し伸べている全ての者にとって、最も落胆している時が、神の助けが一番近い時である。」

 

 

 

今日の光に記されていたエレン・ホワイトの言葉です。(326日)助けを求める切実な祈りを神様は決して退けることはありません。神様の御手は既にあなたを助けるために伸ばされています。

 

 

3月21

『私はモーセと共にいたように、あなたと共にいるであろう。私はあなたを見放すことも、見捨てることもしない。』ヨシュア1:5

 

 おはようございます。今、横浜から配信しています。ここではみぞれが降っています。寒いです。今日は旗日ですが、皆様の一日が平和で祝福されたものになりますようにお祈り致します。

 

 今日のみ言葉は、モーセという偉大なリーダーが死んで、その後を継承したヨシュアに神様が語られた約束です。神様は、「モーセと共にいたようにあなたと共にいる」と言って彼を励ましています。

 

 ヨシュアは不安だったと思います。モーセのような力強さは自分にはない。モーセのような信仰もない。モーセのような能力もない。そんな気持ちにとらわれて、今にもつぶれそうな状態だったかもしれません。そんな時に神様はこの約束の言葉を語られたのです。

 

 「私はあなたと共にいる」。これ以上の励ましがあるでしょうか。紅海を分け、岩から水を流れさせ、日々天からマナを降らせてイスラエルの民を養った神様が、私たちに対しても「あなたと共にいる」と約束して下さっているのです。

 

 この約束は真実です。神様は今日もあなたと共におられます。あなたから離れることも、あなたを見捨てることもありません。苦しいこと、辛いこと、嫌なこといっぱいあります。しかし、この約束を自分自身に繰り返し言い聞かせる時、不思議と心が穏やかになっていくのです。

 

 

 

316

 

『だれでも私について来たいと思うなら、日々自分の十字架を負うて、私に従ってきなさい。』ルカ9:23

 

  おはようございます。今日の大阪は雨です。花粉症の私にとってはまさに恵みの雨です。

 

 「十字架を負う」とはどういうことでしょうか。それは自分を後回しにして、他者の喜びと幸福のために犠牲を厭わないことと言えます。

 

 私たちは、「自分」を優先してかえって不幸になっているところがあるかもしれません。「他者」の幸福のために自分を忘れる時、人は本当の幸福と喜びを味わうのです。

 

 また、十字架は自らの選びで負うこともあるでしょうが、自分の意志に関係なく負わされるものも少なくありません。イエス様の十字架を無理やり負わされたシモンの経験は、私たちの日常の中にも起こっていることです。

 

 嫌だなと思います。投げ捨てたいと思います。しかし、十字架はその人を苦しめ、悩ますだけで終わることはありません。十字架には必ず恵みが伴っているのです。

 

 あなたが今、負っている十字架は何でしょうか。それが何であれ、負い続けるならば恵みへと変えられる時が必ず訪れます。

 

 安息日を迎えます。主にある確かな平和と安息が皆様の上に豊かに訪れますように!

 

 

 

3月14日

  『私は、あなたの労苦と忍耐とを知っている。』ヨハネの黙示録2:2

 

 

こんにちは。大阪はまるで春の陽気のような天気です。コートを着ていない方が目立ちます。外国からの旅行者の中には半袖の人までいました。桜の季節ももう間もなくですね。

 

  私は人を観察するのが好きです。しかし、端から見ているだけではその人がどのような経験をしているかは分かりません。個人的に知り合って始めて理解することができるのです。

 

 時々、この方はいつもに笑顔なのにこんなに大変な試練の中にいたのかと驚かされることがあります。人はそれぞれ重荷や労苦を背負っているのです。誰にも言えず、じっと一人で耐えている方もおられるでしょう。

 

 しかし、主は、「私はあなたの労苦と忍耐を知っている」と言われます。何だか救われた気持ちになります。重荷や労苦は依然そのままかもしれませんが、自分の苦労と忍耐を神様が知って下さっていると分かるだけで希望が与えられます。

   

今のあなたの重荷は何でしょうか。あなたの苦しみと忍耐を主はご存知です。あなたの涙の祈りは確かに天に届いてます。

 

 

 

3月13日

 

『喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。』ローマ12:15

 

 こんにちは。昨日は長男の中学校の卒業式でした。私は保護者として、また、来賓として微妙な立場で出席して来ました。

 

 寮生活をしながら三年間を共に過ごした仲間たちはやはり特別な存在なのでしょう。先生や友だちとの間でぶつかり合いを経験しながら、最後には家族のような絆で結ばれていったようです。

 

 あれだけ純粋な涙をいっぱい流して卒業式を迎えることができた息子を羨ましく思うと共に、本当に良かったと神様と先生方、そして仲間たちに感謝しました。

 

 

「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。」これは彼らが卒業にあたってモットーとして選んだみ言葉です。これは簡単なことではありません。むしろとても難しいことです。

 

  

このみ言葉を真の意味で実践して下さったのはイエス・キリストだけでしょう。イエス様はどんな時にも、「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣いてくださる」お方です。

 

  

それは、イエス様は順境の時も逆境の時も変わることなく共にいて下さるということに他なりません。イエス様は、今日もあなたと共にいて下さるのです。

 

 

 

3月9日

『二羽のすずめは一オサリオンで売られているではないか。しかもあなたがたの父のゆるしがなければ、その一羽も地に落ちることはない。・・・それだから、恐れることはない。』マタイ10:29,31

 

 

 

こんにちは。昨日から今日にかけて大阪と鹿児島を飛行機で往復いたしました。昨日は天候が悪く、離陸から長い間飛行が安定せずに揺れ続けました。

 

 

 

以前に書きましたのでご存知の方が多いと思いますが、私は飛行機が苦手です。あんなに大きく重たい物体が空を飛ぶことが不思議でならない私ですから、揺れ続けている間、正直、とても怖かったです。身体が硬直しているのが分かりました。

 

 

 

そんな時、いつも思い出すのがこのイエス様の言葉です。「一羽のすずめさえ父のゆるしがなければ落ちることはない!」。そうです。すべて命あるものは、神様のみ手の内にあるのです。父のゆるしがなければ何事も起こらないのです。

 

 

 

あなたは何を恐れるでしょうか。何を不安に思うでしょうか。心配する必要はありません。恐れることもありません。私たちは日々、全能の愛の神様の守りと、支えと、導きの中にあるのです。

 

 

 

安息日を迎えます。主の平和が豊かにありますように!

 

 

3月7日

 

『神よ、どうか、私を探って、わが心を知り、私を試みて、わがもろもろの思いを知って下さい。私に悪しき道のあるかないかを見て、私をとこしえの道に導いて下さい。』詩編139:2324

 

 

こんにちは。今朝は神戸アドベンチスト病院に行って一年に一度の健康診断を受けて来ました。50歳を超えてから身体の不具合が出始めました。無理は禁物だとつくづく感じます。

 

 

 

身体の健康を時々チェックしてもらうように、霊的健康や心の状態を顧みることはとても大切なことだと思います。心の手入れを怠ると、いつの間にか雑草や茨で覆われて、心は荒れ放題になってしまいます。

 

 

 

今日のみ言葉は、ダビデという人物の祈りの言葉です。彼は神様との関係の中で自分の心を点検して、正しい道、永遠に至る道に導かれることを願っています。

 

 

 

自分の心はどこに向かっているでしょうか。自分の思いは何に結びついていいるでしょうか。神様の前に静まって、聖書を読み、祈るときに心が整えられていくのが分かります。忙しいからこそ、静まる時を大事にしたいと思うのです。

 

 

 

皆様の心が今日も主にあって平安でありますように!

 

 

 

3月5日

 

『もし、神がわたしたちの味方であるなら、だれが私たちに敵し得ようか。ご自身の御子をさえ惜しまないで、私たちすべての者のために死に渡されたかたが、どうして、御子のみならず万物をも賜らないことがあろうか。』ローマ8:31-32

 

 

 

おはようございます。大阪は雨です。花粉症の私にはまさに恵みの雨です。今日、聖霊の雨が豊かに降り注ぎ、私たちの渇ける心を神様の愛で潤して下さいますように!

 

 

 

神様は私たちの味方です。これは、神様は私たちは側にいて下さるという意味です。子供の頃、何をするにもじゃんけんをして友達を取り合って自分のチームを決めていました。自分の側に少しでも強い人を選ぶのです。

 

 

 

神様は私たちの側にいます。全能の愛の神様が私たちの味方なのです。どのような敵であっても何も恐れる必要はありません。

 

 

 

しかも、御子をさえ惜しまずに与えて下さる神様です。私たちのためならどんなことだってして下さるでしょう。

 

 

 

神様が味方であることを覚えて、安心して一日をおゆだねしたいと思います。

 

 

3月2日

 

『私があなたに呼ばわったとき、あなたは近寄って、「恐れるな」と言われました。』哀歌3:57

 

 

 

 

こんにちは。日中は少しあたたかくなったように感じますが、まだまだ朝夕は冷え込みますね。

 

 

 

しかし、春の近づく足音が聞こえる瞬間があります。待ち遠しいです。冬の間、木々や草花はひたすら耐え忍んでいます。そして、新たな命を芽吹かせる備えをしているのです。

 

 

 

信仰生活にもそのような時があるのではないでしょうか。じっと耐え忍ぶ時です。しかし、聖書が言う「忍耐」はひたすら我慢することではありません。確かな希望を持って待つことです。そして、実際、必ず芽を出して花を咲かせ、実を実らせる時が来るのです。

 

 

 

今週はどのような一週間でしたか。心が挫けそうなことがあったかもしれません。でも、忘れないで下さい。そのような時にこそ、主はそば近くにおられるのです。主は、今日も「恐れるな。私がついている」と励まして下さっています。

 

 

 

安息日を迎えます。主の平和が豊かにありますように!

 

 

 

 

 

 

2月27日

『人の歩みは主によって定められる。主はその行く道を喜ばれる。たといその人が倒れれても、全く打ち伏せられることはない。主がその手を助け支えられるからである。』詩篇3723-24

 

 

 

こんにちは。大阪は気持ちの良い青空が広がっています。いかがお過ごしですか?

私は何年かぶりに体調を崩して昨日は寝込んでおりました。体が弱ると、気持ちも沈んでいきます。心と体はつながっているのだと改めて感じました。

 

 

 

主が導かれる道は平穏無事な道とは限りません。むしろ、悩みや試練の連続である場合があります。

 

 

 

そんな時、私たちの心は挫けてしまいます。そして、神様に対して不信感さえ抱くようになるのです。

 

 

 

しかし、主は真実です。主が導かれる道は荒野を通るような困難が伴うかもしれませんが、私たちにとっては安全であり、最善なのです。

 

 

 

そして、たとえ倒れるようなことがあっても、なおそこに主の全能のみ手による支えがあるのです。主の導き従う者を主は必ず助けて下さるのです。

 

 

 

 

2月21

 『たとい、私たちは不真実であっても、彼は常に真実である。彼は自分を偽ることができないのである。』テモテ第二2:13

 

 こんにちは。今日も皆様が心も体も元気にお過ごしになれますように祈ります。

 

 真実という言葉には、「忠実・誠実」という意味もあるようです。だれに対しても、また、何事に対しても真実、誠実であることは大切なことです。しかし、それがなかなか難しいのです。

 

 私は、自分の中にある不誠実さ、いい加減さを見せられて情けない思いをすることがしばしばあります。特に、神様に対してそう感じる時があります。

 

今日のみ言葉はそんな自分に大きな慰めを与えてくれます。神様は私たちが不真実であっても、常に真実であり続けて下さると言うのです。

 

神様が、あなたに対していい加減になったり、手抜きをしたり、見捨てて放り投げたりすることは決してないのです。神様は、常に私たちの幸福を考えて、最善を尽くして下さるお方なのです。

 

神様、ありがとうございます。今日、私たちがあなたに喜ばれる生活ができるように助けて下さい。アーメン

 

 

 

 2月16日

こんにちは。花粉が飛び始めましたね。花粉症の方にとっては憂鬱な季節の到来です。今年は少しでも楽でありますようにと願うのみです。

 

 

 

今日のみ言葉は、何か失敗したり、落ち込んだりする度に読んで励ましをもらっている大好きなみ言葉です。

 

 

 

今朝、神戸の病院での用事が終わって、大阪に帰る車中で何気なくこのみ言葉を思い出しました。事務所に着いてから早速開いて読み直してみました。

 

 

 

このみ言葉の後には、「幾たび・・神にそむき、神を悲しませたことであろうか」とあります。そうです。イスラエルの人々は背くことを何度も繰り返して神様を悲しませたのです。そんな彼らの姿と自分が重なります。自分もどれだけ神様を悲しませて来たことだろう・・・と。

 

 

 

しかし、神様はそんな私たちの弱さや醜さを受け入れて下さるのです。ただの肉であって、過ぎ去れば二度と戻ってこない風のように頼りなく、定まらず、弱い存在である私たちをそのまま受け止めて下さるのです。

 

 

 

私たちは自己中心になって神様に背くことがあります。弱さゆえに転ぶことがあります。自分の力で何とかしようとして失敗することがあります。でも、その瞬間に私たちは神様に思い出されています。神様に許され、受け入れられているのです。

 

 

 

主の愛と憐れみの中で安らぐことができますように!

 

2月16日

『主は、「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」と言われた。』ヘブル13:5

 

 

 

行きの新幹線の中で、マルコによる福音書15章を読みました。イエス様の十字架の場面です。イエス様は、十字架上で、「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」と叫ばれたのです。

 

 

 

この時、イエス様はどのような思いだったのだろうと思い巡らしました。父なる神様とイエス様は一つでした。しかし、十字架において、その関係が引き離されたのです。その中でイエス様は壮絶な死を遂げるのです。

 

 

 

どれほどの恐怖と暗黒だったことでしょう。どれほどの孤独と痛みだったことでしょう。想像することさえできません。

 

 

 

一つ言えることは、神様から捨てられるという経験をしたのはイエス様ただ一人だと言うことです。イエス様がただ一人私たちに代わってこの道を通って下さったので、誰一人この恐怖と暗黒を味わう必要がなくなったのです。

 

 

 

神様に見捨てれている人は誰もいません。今日のみ言葉は真実です。私たちが捨てない限り、私たちから離れない限り、主は決してあなたを捨てることも、あなたから離れることもありません。

 

 

 

一週間、お疲れ様でした。安息日を迎えます。主の平和と祝福が豊かになりますように!

 

 

 

2月14日

 

『しかし、私はあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。』ルカ22:31

 

 

 

おはようございます。この心のマナを受け取られる皆様のことを思いつつ、祈りつつ聖書のみ言葉を送ります。

 

 

 

我が家の子供たちはいつのまにか成長して今春から大学生、高校生、中学生になります。子供の成長に伴い、親としての心配も多くなって来ました。結果、子供たちのために祈る時間が長くなりました。そして、祈りながら、自分もこのように祈られて来たのだと思いました。

 

 

 

祈られる幸いがあります。人生には孤独を感じる時があります。家族や友人がいてもです。しかし、実際は祈りを通して私たちは多くの人の愛と支えを頂いているのです。祈りの中であの人、この人の顔が浮かびます。同じように自分のことを覚えて祈ってくれている方がいると思うと嬉しくなるのです。

 

 

 

何より、イエス様が私たちのために祈って下さっています。祈るとはまさに愛することです。イエス様は私たちを愛するゆえに、私たちのために祈って下さるのです。あなたの信仰がなくならないように、あなたが道を誤ることがないように、今日も主はあなたのために祈り、導きのみ手を差し伸べて下さっています。

 

 

2月12日

 

『あなたはわが声を聞かれました。「わが嘆きと叫びに耳をふさがないでください」。わたしがあなたが呼ばわったとき、あなたは近寄って、「恐れるな」と言われました。』哀歌3:56-57

 

 

 

おはようございます。今日は旗日なのでお休みの方も多いと思います。良き休日となりますように、また、休めずお仕事の方の上にお支えがありまようにお祈り致します。

 

 

 

先週届いたサインズ誌【福音社発行の月刊誌】に親子のコミュニケーションに関する記事がありました。その中で、電車の中でスマホに没頭する母親のお話が紹介されていました。幼い娘は、呼びかけに応えてくれず、最後には怒って席をたって離れていく母親に傷ついて涙していたと言うのです。悲しいことです。

 

 

 

家族や職場において、自分も同じような誤りをしているかもしれません。神様との関係においても、せっかく神様が呼びかけているのに、他のことに気をとられてまともに聞かずにいることもあるように思います。

 

 

 

しかし、神様が私たちに対してそのような態度を取られることはありません。神様は私たちの心の声を聞いて下さいます。聞いて下さるだけではありません。近寄って、手を握り、「私がついている。恐れるな」と励まして下さるのです。

 

 

 

この励ましを胸に、今日一日を過ごしたいと思います。

 

2月9日

 

『その子の父親はすぐに叫んで言った、「信じます。不信仰な私をお助け下さい。」』マルコ9:24

 

おはようございます。大阪の空は青く澄み切っています。皆様の心の天気模様はいかがでしょうか。晴れの人もいれば、曇りの人、荒れ模様の人もおられるでしょう。

 

私たちの心を暗くする事はたくさんあります。この父親は幼い頃から悪い霊につかれた子の問題で途方に暮れていました。そして、イエス様にすがって最後に、「不信仰な私をお助け下さい」と叫んだのです。

 

悩みはつきません。祈っても、祈っても、何も変わらない。すると、祈ることすらできなくなるのです。信じきれないのです。でも、それでも、信じきれないこの自分を、「お助け下さい」と言いたいのです。どんなに弱々しい声であっても・・・。

 

「神はその魂の格闘、葛藤をご覧になり、その率直さに注目される」とエレン・ホワイトは記しています。主はあなたの心の叫びを決して退けることはありません。

 

安息日を迎えます。主の平和と祝福が豊かに訪れますように!

 

 

  2月8日

 

 

『人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。』

マルコ9:36

 

 

おはようございます。大雪となっているところがあります。生活と安全が守られますようにお祈り致します。

 

 

 

誰もが多忙な生活をしていると思うのです。余裕がありません。そして、その日その日を精一杯生きる中で、自分が「何のために生きるのか」という根本的なことについて深く考えることなく過ごしていることがあります。

 

 

 

でも、今日のみ言葉に出会うと考えてしまいます。私は今朝、このみ言葉を読み、改めて考えました。自分は何のためにあくせく働いているのか?自分の命を失うような生き方をしていないか?

 

 

 

クリスチャン人生のゴールは天国です。永遠の命です。この世の富でも、地位でも、成功でもありません。欲張って獲得しようとする命はかえって失われます。喜んで与える命は豊かにされるのです。

 

 

 

「受けるより与える方が幸いである」とのイエス様の言葉を胸に今日一日を始めたいと思います。

 

 

2月6日

 

『こうしてヨセフは獄屋の中におったが、主はヨセフと共におられて彼にいつくしみを垂れ・・・。』創世記39:2021

 

 

おはようございます。月曜日です。仕事が始まります。学校・授業が始まります。この一週間、主がお一人お一人をお支え下さるようにお祈り致します。

 

 

 

「人間にとって最も大切なのは、どこを歩いているかではなく、どのように歩いているかでもなく、誰と歩いているかである」と言った方がいます。ヨセフにとって、自分がどこにいて、どのような状態なのかは大きな問題ではありませんでした。彼にとって一番の問題は、神様と共にいるか、いないかだったのです。

 

 

 

私たちは、直面している悩みや問題が解決することを祈り求めます。自分を取り巻く悪い状況が変わることを願い求めます。しかし、私たちがまず求めるべきは、「主が共にいて下さること」なのではないでしょうか。

 

 

 

獄中であっても、主が共におられる確信ゆえにヨセフは穏やかに日々を過ごしました。イエス様が言われた通り、私たちは、「私(キリスト)から離れては何一つできない」者です。何よりもまず、今日、主が共にいて下さるように、私たちが私たちの手を取って導こうとされる主の手を振り払うことがないように祈り求めたいと思います。

 

 

 

主が共にいて、あなたの一日を守り、最善の道へと導いて下さいますように!

 

 

 

 

『またゼベダイの子ヤコブと、ヤコブの兄弟ヨハネ、彼らにはボアネルゲ、すなわ

   ち、雷の子という名をつけられた。』マルココブ3:17

 

 

おはようございます。関東や日本海側が雪の予報です。お出かけの際は十分にお気を付け下さい。

 

 

 

芸人の中にあだ名をつけて笑いを取る人がいますが、イエス様も真のユーモアで弟子たちに名をつけたようです。それにしても「雷の子」とは・・・。彼らは漁師でしたから気性の激しいところがあったのでしょう。気に食わないことがあると、瞬間湯沸かし器のように機嫌を悪くして周囲の人にあたる人だったのかもしれません。

 

 

 

イエス様はそんな人の欠点を責めるのではなく、あたたかくユーモアで包まれたのです。腹を立てている彼らを叱るのではなく、笑顔で見つめ、「あなた方は雷の子のようだね」と言われたのではないかと思います。

 

 

 

主の優しさと愛はそれを受ける人を変えていきます。「雷の子」と言われたヨハネは、晩年は、愛の手紙と言われる書簡を書き表し「愛の人」と呼ばれました。どのような欠点や弱さを持っていても、主の愛の中にあれば変えられていくのです。

 

 

 

安息日を迎えます。今週はどんな一週間だったでしょうか。溜息をつきたくなるような自分かもしれませんが、主の愛とゆるしがあります。イエス様のもとに重荷を下して真の休みを味わいたいと思います。

 

 

 

主の平和と祝福が豊かにありますように!

 

                                                                                                                          西日本教区 稲田 勤

 

 

 

 

 

『むしろ、あなた方は「主のみ心であれば、私は生きながらえもし、あの事もこの

   事もしよう」と言うべきである。』ヤコブ4:15

 

おはようございます。今朝も随分冷え込んでいましたね。いかがお過ごしですか?

 

 

 

今日、どのような一日の計画があるでしょうか。朝起きて、動き出すとあまり深く考えることなく一日を過ごしてしまう私たちです。しかし、今日、命があることは当たり前ではなく、大いなる奇跡です。私はそう思うようになりました。

 

 

 

明日の命が保証されている人はだれもいません。今日が人生最後の日かもしれません。神様によって命が与えられ、今日という日に生かして頂いていることを忘れずにいたいものです。

 

 

 

そして、感謝と謙虚さをもって今日と言う日を大事に、そして、丁寧に心を込めて過ごしたいと思います。

 

 

 

神様の恵みと平和に満ち溢れた一日となりますように!

 

*** 今日の心のマナ ***1/29

 

 

『神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思い煩いを、いっさい神にゆだねるがよい。』ペテロ第一5:7

 

 

こんにちは。新しい一週間を迎えました。マンデーブルーと言いますが、今日も元気にお出かけになられたでしょうか。

 

 

 

愛と憐みの神様は今日も一人ひとりを心にかけて下さっています。人間の親でさえ日に何度も子供のことを思い出しては、「どうしているか」と案じます。まして、天の愛の神様が私たちのことを忘れることなどあるはずがありません。

 

 

 

しかも、神様は全能のお方です。祈りは、そんな神様と私をつなぐ特権であり恵みです。祈りを通して、心配や困難や必要などすべてを神様のもとに持って行くことができるのです。

 

 

 

神様にとって大きすぎることも、小さすぎることもありません。神様にゆだねて、知恵と力と導きとを祈り求めましょう。必ずしも期待通りとは限りませんが、いつも私たちにとって最善となるように神様は応えて下さいます。

 

 

 

主にあって良き一日となりますように!

 

西日本教区 稲田 勤

 

 

 

『いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。全てのことについて、感謝しなさい。』

                                                        テサロニケ第一5:16-18

 

 

 「もし天の書に清い記録を残したいと思うなら、いらだったり、がみがみ言ったりしてはなりません。毎日こう祈りなさい。

 「主よ、最善を尽くすことを教えて下さい。もっといい仕事ができるように教えて下さい。力と元気を与えて下さい」。・・・何をするにもキリストに共にいていただきなさい。そすればあなたの生活は、輝きと感謝で満たされるでしょう。」エレン・G・ホワイト

 

 

 そうありたいものです。今日も元気に、明るく、感謝の気持ちを忘れずに一日を過ごしたいと思います。

 

安息日の平和が豊かに訪れますように!

 

 

 

 

『わたしたち強い者は、強くない者たちの弱さをになうべきであって、自分だけを喜ばせることをしてはならない。』ローマ15:1

 

 

これは、クリスチャンの基本的な生き方を示す言葉だと思います。この後に、「隣り人の徳を高め、・・彼らを喜ばすべき」と続いていますから、やはり自分ではなく、他者の喜びや祝福を考えることにこそ真の幸せの道はあるのでしょう。

 

 

 

「強くない者の弱さをになうべき」と教えられています。人間とかく自分が担ってもらうことを考えます。自分が誰かの弱さをになうべき強い者だとは考えないのです。

 

 

 

しかし、夫は妻に対して、両親は子に対して、健康な者は病気の者に対して、健常者は障害のある方に対して強い者ではないでしょうか。

 

 

 

大阪センターの前に大川が流れています。その川沿いにホームレスの方がいます。何かできる。何かしないと・・。と思いながら一歩が踏み出せない情けない自分がいます。

 

 

 

上から目線ではなく、謙虚な下から目線で今日、誰かの弱さを担うことのできる一日としたいものです。

 

                                                             西日本教区 稲田 勤

 

 

 

 

『神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。』 ローマ

8:28

 

 

新年、明けましておめでとうございます。今年の一年が、皆様にとって恵み豊かな日々となりますように心からお祈り致します。

 

 

 

今年も様々な経験が待ち受けていることでしょう。しかし、全ての出来事の中に、「万事を益」とする神様の導きがあることを忘れないようにしたいと思います。

 

 

 

神様は約束通り今年も「共に」いて下さいます。そうとは思えない時、そのことを感じられない時もあるでしょう。しかし、神様はそのような時にこそ最もそば近くにいて下さり、全てを良きに変える導きのみ手をもって支えて下さっているのです。

  

 

本年もどうぞ宜しくお願い致します。

 

西日本教区 稲田 勤

 

 

** 今日の心のマナ **

 

「また、旅のために、杖一本のほかには何も持たないように、パンも、袋も、帯の中に銭も持たず、ただわらじを履くだけで、下着も二枚は着ないように命じられた。」マルコ6:8-9    

 

 

新年、明けましておめでとうございます。昨年の後半は一度も配信できずに申し訳ありませんでした。今年は定期的に配信を続けていきたいと思っています。

 

 

 

今朝の御言葉は、元旦礼拝で味わったものです。一年の旅路を出発するにあたり、「杖一本」で行く決意をしたいと思います。もちろん、生活のためにはパンもお金も衣類も必要です。しかし、それらは無くてならぬものではありません。最も大切なことは、全てのものを与えて下さる神様、常に最善の道に導いて下さる神様を信じ信頼する信仰です。杖とはこの信仰のことです。

 

 

 

今年がどのような一年になるかは分かりません。思わぬ困難や試練があるかもしれません。しかし、大丈夫です。将来の全てを見通しておられるキリストが、最良の道、解決の道に導いて下さるからです。この一年もイエス様が私たちの導き手であり、同伴者です。キリストを信じる信仰という杖一本のみをしっかり握って、今年の歩みを前進していきましょう。

 

 

 

皆様の上に神様の祝福と平和が豊かにありますように心よりお祈り致します。本年も宜しくお願い致します。

 

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

『あなた方は主を求めよ、そして生きよ』アモス5:6

 

 

今朝、読んで心にとまったみ言葉です。いろいろ考えてしまいました。自分はいったい何を求めているだろうか、と。

  

忙しいということだけでなく、この世における現実の生活の中で、私たちはまったく違うものを求める生き方に陥っているのではないでしょうか。

   

夏休みでふだんはそろわない子供たちが家にいます。でも、なぜか小言が多くなる。今、この時を一緒に過ごせるというかけがえのなさにもっと感謝すべきなのに・・・。

  

きっと、主を求めることが後回しになっているからなのでしょう。最初を間違うと、あとはすべてずれていくのです。まず主を求める。その時、人は正しく生きるのだと思います。

 

** 今日の心のマナ **

 

『あなたがもし、このような時に黙っているならば、ほかの所から、助けと救いが起こるでしょう。・・・あなたがこの国に迎えられたのは、このような時のためでなかったとだれが知りましょう。』エステル記4:14

 

残暑お見舞い申し上げます。皆様、いかがお過ごしですか。ご無沙汰ばかりして本当に申し訳ありません。 

 

先週はガイドでエステルの経験を学びました。時を見極める大切さを教えられました。黙するべき時があり、勇気をもって語るべき時があります。自分は、黙るべき時に無意味に口を開き、語るべき時に臆して黙ってしまっているように思います、

 

 信仰は、試練の時にこそ発揮されるべきでしょう。苦難の時にこそ主に信頼すべきなのです。なかなかそうできない弱さがあるのも事実なのですが・・・。

 

それでも、人生において、自分が神を信じて来たのはこの時のためだったのだと思うべき瞬間があるのです。それは、神様の存在を疑いたくなるような辛い時です。

  

神様の言葉を信じましょう。御言葉の光は、暗闇の中でこそ大きく輝くのですから。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

** 今日の心のマナ **

 

 『私の命を全ての苦難から救われる主は生きておられる。・・・』列王記上1:19

 

今日のみ言葉は、ダビデが晩年に語ったものです。波乱に満ちた生涯を生き抜いてきたダビデゆえに、この言葉には万感の思いと確信を感じることができます。主は確かに生きておられる、と。

  

毎日いろいろなことがあります。心が挫けてしまいそうなことも少なくありません。そのような時、思い出すことにしています。自分は一人ではないことを。

 

イエス様が共におられるのです。イエス様は、私達と共に、否、私達に代わって、人生の戦いを戦って下さっているのです。

 

主は生きておられます。主は、「私の命を全ての苦難から救われる」お方です。今日もこのお方を信頼して自分の務めを誠実に果たしていきたいものです。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

** 今日の心のマナ **

 

『今までは、あなた方は私の名によって求めたことはなかった。求めなさい。そうすれば、与えられるであろう。そして、あなた方の喜びが満ちあふれるであろう。』

                                                               ヨハネ16:24

 

 

長い間配信できずに大変申し訳ありませんでした。先日、米国を訪問した時、見ず知らずの方から心のマナを読んでいることを聞きました。自分の知らないところでみ言葉が広がっているのだと思い知らされました。

 

 

 最近、思うことは、自分は神様に本気で求めているかなと言うことです。お祈りする時、聞かれることをどれほど本気で期待しているだろうかということを考えるのです。

 

  先日、学校で訪問伝道体験を行いました。教団から先生が来て下さったのですが、自主参加なのでどのくらいの生徒が来てくれるのか不安でした。そこで、10人は来ますようにと祈りました。恥ずかしい話ですが、祈ったことは当日忘れていました。来てくれた生徒がちょうど10人だったので祈ったことを思い出したのです。

 

 祈ったことを忘れてしまうような祈りでも神様は聞いて下さった。心打たれる経験でした。もっと心を込めて祈ろう。イエス様の名で祈れる特権と幸いをもっと感謝して用いよう。そして、もっと神様に期待しようと思いました。

 

「そうすれば与えられる。そして、あなた方の喜びが満ちあうれるであろう」。嬉しい約束です。安息日を迎えます。主にある平安が豊かにありますように!

 

  島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

** 今日の心のマナ **

 

 『神は、どんな人間をも清くないとか、汚れているとか言ってはならないと、私にお示しになりました。』使徒行伝1028

  

三月を迎えました。学校は年度末です。生徒たちは今日から期末試験。良い締め括りができるようにと願っています。

 

人間は、能力で評価されてしまうことが多いです。もちろん、神様が一人一人に与えて下さったタラントを私たちは精一杯磨いて用いなければなりません。

  

でも、タラントの譬えのポイントは、持っているものの多少ではなく、結果の良し悪しでもありません。忠実であったかどうかです。

  

まして、人種や宗教や身分で人を分け隔てすることは決して許されることではないでしょう。神様は公正で平等です。神様は分け隔てなく全ての人を愛し、大切にして下さるのです。

  

しかも、弱く、失敗だらけの私達をゆるし、愛することによって価値ある者として下さるのです。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 ** 今日の心のマナ **

 

 

『主は救いを施すのに、つるぎとうやりを用いられないことを知るであろう。この戦いは主の戦いであって、主が我々の手におまえたちを渡されるからである。』サムエル記上17:47

 

 

日差しの暖かさに春の足音を感じる今日この頃です。

でも、それは花粉の季節の到来でもあるので、ちょっと複雑な気分です。

 

 

 

今朝、サムエル記のダビデとゴリアテの戦いのところを読みました。

少年が百戦錬磨の兵士を倒す。しかも、剣も槍も持たずにただ石投げで勝利したのです。

 

 

 

親としての無力さを感じることがあります。

教師として、牧師として不足と弱さを痛感する時があります。

でも、それは自分が本気で神様に頼るために必要な経験なのだと思いました。

 

 

 

ダビデはゴリアテの前に立った時、その先に主にある勝利を見ていました。

立ちはだかる困難や責任だけを見ていたら

やがては行き詰まりとあきらめになってしまうかもしれません。

 

 

 

しかし、「主が戦って下さる」のです。自分一人ではありません。

神様がついている、神様がなして下さる。このことを忘れずにいたいと思います。

祈って、委ねて、自分は最善を尽くせば良いのです。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

 

 

『しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、忠実、柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。』ガラテヤ522

 

広島は、今朝も雪景色でした。真っ白いって本当にいいですね。でも、雪が解けると、地面が露わになって、全てがむき出しになります。

 

何だか自分の姿と同じだなと思います。外面はきれいにしていても、内面には汚れや醜さがあるのです。そして、日常の中でそれが形になって表れてしまうのです。

 

肉の自分からは何も良きものが生まれません。御霊に導かれないと良い実を実らせることはできないのです。今日も聖霊の満たしを、イエス様が心の内に住んで下さることを祈り求めたいと思います。

 

何をしているときにも、喜んでいるか、愛があるかを考えたいと思います。生活の中で結ぶ実によって、自分が何とつながっているかが分かります。イエス様とつながった一日にしたいと思います。

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

** 今日の心のマナ **

 

 

 

 

『今わたしは、人に喜ばれようとしているのか、それとも、神に喜ばれようとしているのか。』

                                                          ガラテヤ110

東京は雪の予報ですが、広島はとても良い天気です。日の出がとても美しかったです。

 

今日のみ言葉は、今朝、与えられたものです。心にドスンと来ました。

 

人に良く思われることはある意味とても大事なことです。でも、それを第一のことにしてしまうとやはりおかしくなります。人の目を気にするあまり、自分らしさを失う結果になるでしょう。

 

大事なのは神様がどう思われるか、です。最近の自分を振り返って、このことを忘れていたなと思いました。

 

今日一日の生活が神様に喜ばれるものとなるように祈りたいと思います。神様に喜ばれる生き方を求めていけば、きっと、自分も周囲の人も幸せになるのだと思います。

 

良き一日となりますように!

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

** 今日の心のマナ **

 

『人は自分の道を考え計る。しかし、その歩みを導くのは主である。』箴言16:9

 

 新年、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。

  

広島は昨年末から雪が多く、元旦は雪かきをしてからの礼拝でした。皆様はどのような新年の幕開けでしたでしょうか。

 

今年がどのような一年になるかは誰も分かりません。今日一日がどうなるかさえ分からないのですから当然ですよね。

 

人間は考えたり、心配したりが得意です。でも、もっと信頼すべきです。神様は最善の道に私達を導かれる方です。

 

青山学院ではないですが、今年は神様を信頼して、期待して「ワクワク大作戦」でいきましょう。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

 

  

『だから、皆さん、元気を出しなさい。万事は私に告げられた通りになって行くと、私は、神にかけて信じている。』使徒行伝27:25

 

今週はどのような一周間だったでしょうか?

 

 

 

忙しいとは、「心を亡くす」と書くとはよく言われることです。だからこそ、忙しければ忙しいほど「心」を失わないように気を配る必要があります。

 

 

 

パウロはローマへ船で護送される時、激しい暴風に遭遇します。経験豊富なパウロは、今、出航するのは非常に危険だと忠告しましたが、誰も耳を傾けなかったのです。

 

 

 

はたして、暴風の中で船員たちは生きる望みを失います。しかし、パウロは「元気を出しなさい」と彼らを励ましたのでした。パウロの確信には根拠がありました。パウロは、前日の夜に、「恐れるな」と神様からの励ましと約束を受けていたのです。

 

 

 

私達を真に勇気づけるのは神様の言葉だけです。神様の生ける言葉だけが私達の心を守り、力づけてくれるのです。

 

 

 

「恐れるな、元気を出しなさい。私がついている。」神様のこの語りかけを聞き取りたいと思います。

 

 

 

一周間お疲れ様でした。安息日の平和が豊かにありますように!

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

 

 

 

 

『主を仰ぎ見て、光を得よ、そうすれば、あなた方は、恥じて顔を赤くすることはない。』詩編34:6

 

 

 

こんにちは。今朝も広島のキャンパスはすっきりと晴れ渡っています。気温は低いはずですが、日差しがとても暖かです。

 

 

 

太陽の光がなくなったらどうなるでしょう。これは大変なことです。私たちは生きることができず、世界は滅んでしまいます。

 

 

 

天気は様々です。晴れ渡る日もあれば、曇りの日もあります。雨が降る日も、嵐の日もあります。しかし、太陽は姿がはっきり見えない時もありますが、確かにいつも変わらずに光と暖かさを与え続けてくれています。

 

 

 

神様はまさにそのような存在ですね。たとえどんな日であっても神様の存在は変わりません。神様の愛と恵みはいつも豊かに降り注がれています。

 

 

 

今日もその神様を仰ぎ見たいと思います。安息日の平安が豊かにありますように!

 

広島三育学院教会チャプレン稲田 勤

 

 

 

** 今日の心のマナ **

 

 

『今いまし、昔いまし、やがて来るべき者、全能者にして主なる神が仰せになる、「私はアルパであり、オメガである」。』ヨハネの黙示録18

 

 

皆様、こんにちは。お変りありませんか?朝夕はかなり冷え込むようになってきましたね。

 

 黙示録には、終末の時代に何が起こるのかが示されています。地震、災害、疫病、戦争、テロ・・・。今、国の内外で起こっていることは黙示録の預言通りです。

 

イエス様はやがて来られ、この混乱の世に終止符を打って下さいます。それが私たちの希望です。

 

でも、もう一つ重大な事があります。それは、やがて来たりたもうイエスは、「今」我々共におられると言うことです。

 

私たちの日常にも悩みと混乱はあります。その只中に主はおられるのです。最初から最後までを全てご存じでである主が共におられるのです。私たちを支え、確かな将来に導くために・・・。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

** 今日の心のマナ **

『だれが「私は自分の心を清めた、私の罪は清められた」と言うことができようか。』

                                                                       箴言209

 

こんにちは。ここ広島は雲一つない快晴です。ただ日中と夜間の寒暖の差が激しいです。夜はだいぶ冷え込みます。

 

20世紀三大発明の一つは消しゴムだと言っている人がいます。本当かどうかは分かりません。確かに消しゴムは誤った箇所を消してくれるのでとても便利ですよね。

 

でも、心の汚れや過ちは消せません。たわしでこするわけにもいきません。どうしたらいいのでしょう。

 

自分の心の中が何かの瞬間に見せられてがっかりすることがありませんか。自分はよくあります。「あ~あ、本当に嫌になる」と沈んだ気持ちになります。今日のみ言葉は私たち共通の心の叫びです。

 

「御子イエスの血が、全ての罪から私たちを清めるのである。」(ヨハネ第一17)繰り返し読むとじわりと嬉しさがこみ上げてきます。イエス様が私の心を清めてくれる!これこそ史上最大の発見ですね。

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

 

 

 

 ** 今日の心のマナ **11/5

 

『モーセは主に叫んだ。主は彼に一本の木を示されたので、それを水に投げ入れると、水は甘くなった。』出エジプト15:25

  

青汁が健康に良いとよく宣伝されています。「にが~い、うま~い」とか言っています。最近のものは甘くする工夫がされてだいぶ飲みやすくなっているようですが・・・。

  

人生もいつも甘い日々だといいのですが、そうはいかないのが現実ですね。思わず顔をしかめてしまう苦い経験が忘れた頃にやって来るのです。

  

でも、その苦味が甘味に変わることがあるのです。秘訣は、その苦しく辛い経験の只中でこそイエス様を信じることです。神様は必ずこの経験を益に変えて下さる。そう信じるのです。

  

実際、神様は全ての出来事の中で摂理のうちにお働きです。「嫌だな~、辛いな~」と思う経験も、後の日には、「このことのためだったんだ。これで良かったんだ」と思えるように導いて下さるのです。

  

苦くて飲めない水を、甘くておいしい水に変えた一本の木は、イエス様です。今日もイエス様を私の生活の真ん中にお迎えしましょう。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

 

 

** 今日の心のマナ ** 

8/25

 

 

 

『こういうわけだから、私達は聞かされていることを、いっそう強く心に留めねばならない。そうでないと、押し流されてしまう。』ヘブル2:1

 

お変わりありませんか?広島で起こった豪雨による土砂災害。想像を超えた惨劇となりました。犠牲となった方々のご家族の心の痛みを思います。いまだ行方不明の方々も多数おられます。

 

 

 

私どもを気遣って連絡を下さった方々がおります。心より感謝致します。同じ広島ですが、私どものいる場所は無事です。局地的豪雨で、本当に限られた場所に集中して雨が降ったようです。

 

 

 

あんな勢いで土砂や瓦礫や岩が泥水と共に流れてきたらひとたまりもありません。明日はわが身と思わないといけないのでしょう。平穏無事は当たり前ではないのです。

 

 

 

終末を知る私達にとっては、今回のことは多くの教訓を与えてくれています。世の終わりは、想像を絶する混乱と試練の連続です。油断していると、あっという間に押し流されてしまうことでしょう。

 

 

 

聖書は、「聞かされていることを、いっそう強く心に留める」必要があると言っています。聞き流してはいけません。み言葉をしっかりと聞いて、心に留め、教えられた通りに生きるのです。これが押し流されない確かな生き方なのです。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

8/28

** 今日の心のマナ **

 

『あなたのおきてを愛する者には大いなる平安があり、何ものも彼らをつまずかせることはできません。』詩篇119:165

 

広島は天候不順が続いています。でも、今は暑い日ざしがてっています。皆様、いかがお過ごしですか?

「おきて」とか「ルール」ってどこか煙たい感じがしますよね。何か自由が制限されているような気がしてしまうのです。

 

 でも、「おきて」ってありがたいものだなと何となく分かってきました。子供との間に約束事を設ける時、親は決して子に意地悪しようと思ってするわけではありません。むしろ、子供の安全や成長を思って設けるのです。

 神様の「おきて」もそうなのです。神様のルールの根本には愛があります。これがあることによって、自分の生活が正しくまっすぐなのか、それとも誤って歪んでいるのかが分かります。そして、もし曲がっていたら、ごめんなさいをして、神様の助けを祈って引き戻してもらうのです。

 

神様が私達の幸せと安全と成長を願って定めてくださったルールがある。その中にいれば安心なのです。神様、今日もあなたの「おきて」に従う歩みができますように・・・どうぞ助けて下さい。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

 8/19

** 今日の心のマナ **

 

『私はあなたのほかに、だれを天に持ち得よう。地にはあなたのほかに慕うものはない。わが身とわが心とは衰える。しかし、神はとこしえにわが心の力、嗣業である。』詩篇73:25-26

 

皆さま、お元気ですか?残暑お見舞い申し上げます。配信が滞ってしまい申し訳ありませんでした。

 

 学期中は休みがありません。学期が終わっても、VBSがあって、広島のキャンパスで一週間、祈祷院のプログラムが持たれ、こまごましたことを終えてやっとホッとしたのですが、脱力してしまいました。

 

 50歳が近づいて来て、ますます体力の衰えを感じます。疲労がたまると、心も弱るんですよね。そして、霊的にも沈んでいくように思います。

 

そんな時、やはり必要なのは体を休めることだと思いました。エリヤが燃え尽きて、疲労困憊した時も、神様は寝て、食べることを勧めましたよね。

 

巷はお盆休み。少しでも休息とリフレッシュができるといいですね。

 

 もちろん、私達の力の源がイエス様にあることを忘れてはいけません。イエス様の愛は心を癒し、元気づけてくれます。

 

 イエス様がいること。イエス様を知っていること、本当に感謝ですね。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤 

 

 

 

 

 

** 今日の心のマナ **  

 

『私は、あなたのわざと労苦と忍耐とを知っている。』ヨハネ黙示録2:

 

こんにちは。今年も半分が過ぎました。なんと言うスピード感でしょう。このままあっと言う間に年末を迎えるような気がして恐いです。

 

 それだけ毎日が慌しく多忙だということでしょう。皆様もきっとそうだと思います。だれもが一生懸命なのです。でも、誰かがそれを認めてくれるわけではないのです。

 

 人間の奥深いところにおける欲求は、誰かに愛されたい、認められたいという思いだと言います。子供は、「頑張ったね」、「よくやっているね」、「すごいね」と言ってもらえる機会があります。大人はなかなかそんなことはないですよね。できて当たり前、やって当たり前と思われていますから・・・。

 

でも、我々を大人も時には、「本当によくやっているね。頑張っているね。あなたのおかげで助かるよ。ありがとう」と言ってもらいたいのです。

 

 実際には聞こえないかもしれません。しかし、神様は知っておられます。あなたが一生懸命なことを。精一杯頑張っていることを。そして、「よくやっているね」と語りかけてくれているのです。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

 

『主よ、あなたの道を私に教えて下さい。私はあなたの真理に歩みます。心を一つにしてみ名を恐れさせて下さい。』詩篇86:11

 

台風の影響は大丈夫でしたか?土石流で亡くなった中学生のことを思うと心が痛みます。早くイエス様の再臨があって悲しみと痛みと死のない天国が実現してほしいです。

 

さて、今週は試験週で、テスト作成と採点に追われる毎日でした。皆様はどんな一週間を過ごされましたか?

 

忙しい毎日の中で、自分の願いが他人の思いよりも優先していることに気付かされます。自分の予定や自分の思いを成し遂げるために、全てを押しのけてしまっているのです。

 でも、私達がまず求めないといけないのは神様の用意されている道に歩むということですよね。神様の思いや神様の備えている道を邪魔者をのけるように横に押しやってはいないでしょうか?

  

今日の御言葉を他の聖書は、「一筋の心を私に与えて下さい」と約しています。神様に向かう一筋の心・・・自分も持ちたいと思います。

  

安息日を迎えます。一週間お疲れ様でした。主にある平安が豊かにありますように!

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

 

 

 

** 今日の心のマナ **

 

 

『見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全く拭い取って下さる。もはや死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。』ヨハネ黙示録21:34 

 

 おはようございます。先々週、先週と立て続けに長期の出張があって東京と韓国に行ってきました。どちらも研修が中心で、ほぼ一日中座学でした。生徒の大変さを身にしみて知った二週間でした。

 

その間、ワールド・カップの日本戦がありました。残念ながら負けて決勝トーナメント進出はなりませんでしたね。昨日、家に帰るとその試合の録画がありましたが、結果が分かっているので見る気持ちにはなりませんでした。

  

これが逆だったらどうだろうと考えました。結果が勝利だと知っていたら・・・。それでも見る楽しみは減るのかもしれません。でも、きっと安心して見られるのではないでしょうか。たとえどんな劣勢になったとしても、最後は勝利すると知っているからです。

 

 聖書は、この世界の最後がどうなるかをはっきりと告げています。悩みも苦しみも、涙も叫びも、罪も死も全ての消え去るのです。イエス様がご自分の命を犠牲にしてそれを確実にして下さったのです。

 

 この地上での生涯がどんなに苦しく辛くても、最後は主にあって勝利して最高の幸福が実現するのです。それを望みとする時、耐え忍んで生きる力が得られるのではないでしょうか。

  

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤    

 

 

 

 

 

** 今日の心のマナ **

 

『主なる神は私の力であって、私の足を雌じかの足のようにし、私に高い所を歩ませられる。』ハバクク3:19

 

こんにちは。今週も間もなくサンセットです。広島は天気が支えられ穏やかです。

 

 広島のキャンパスではさまざまな野生の動物と巡りあいます。鹿の親子にばったり遭遇したこともありました。びっくりしました。

 

 鹿は軽快に飛び跳ねるように歩きますよね。自分もそうだったらいいなと思います。でも、疲れ果てて重い足取りで歩いていることの方が多いように感じます。皆様はいかがですか?

 

今日のみ言葉の一節前には、「私は主によって楽しみ、わが救いの神によって喜ぶ」とあります。私達の力の源はイエス様です。この安息日、イエス様の愛によって心を癒して頂き、身も心も新たにして頂きましょう。

安息日の平安を祈ります。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

 

 

** 今日の心のマナ **

 

 

『見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全く拭い取って下さる。もはや死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。』ヨハネ黙示録21:34 

 

 おはようございます。先々週、先週と立て続けに長期の出張があって東京と韓国に行ってきました。どちらも研修が中心で、ほぼ一日中座学でした。生徒の大変さを身にしみて知った二週間でした。

 

その間、ワールド・カップの日本戦がありました。残念ながら負けて決勝トーナメント進出はなりませんでしたね。昨日、家に帰るとその試合の録画がありましたが、結果が分かっているので見る気持ちにはなりませんでした。

  

これが逆だったらどうだろうと考えました。結果が勝利だと知っていたら・・・。それでも見る楽しみは減るのかもしれません。でも、きっと安心して見られるのではないでしょうか。たとえどんな劣勢になったとしても、最後は勝利すると知っているからです。

 

 聖書は、この世界の最後がどうなるかをはっきりと告げています。悩みも苦しみも、涙も叫びも、罪も死も全ての消え去るのです。イエス様がご自分の命を犠牲にしてそれを確実にして下さったのです。

 

 この地上での生涯がどんなに苦しく辛くても、最後は主にあって勝利して最高の幸福が実現するのです。それを望みとする時、耐え忍んで生きる力が得られるのではないでしょうか。

  

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤    

 

 

 

 

 

** 今日の心のマナ **

 

『主なる神は私の力であって、私の足を雌じかの足のようにし、私に高い所を歩ませられる。』ハバクク3:19

 

こんにちは。今週も間もなくサンセットです。広島は天気が支えられ穏やかです。

 

 広島のキャンパスではさまざまな野生の動物と巡りあいます。鹿の親子にばったり遭遇したこともありました。びっくりしました。

 

 鹿は軽快に飛び跳ねるように歩きますよね。自分もそうだったらいいなと思います。でも、疲れ果てて重い足取りで歩いていることの方が多いように感じます。皆様はいかがですか?

 

今日のみ言葉の一節前には、「私は主によって楽しみ、わが救いの神によって喜ぶ」とあります。私達の力の源はイエス様です。この安息日、イエス様の愛によって心を癒して頂き、身も心も新たにして頂きましょう。

安息日の平安を祈ります。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

 

 

** 今日の心のマナ **

 

『あなた方は今、この状態をどう思うか。これはあなたの目には無に等しいではないか。・・・勇気を出せ。勇気を出せ。私はあなたと共にいる。』ハガイ2:3-4

 

 

おはようございます。蒸し暑い日々の中、今日は少し涼しさを感じています。いかがお過ごしですか?

 

 自分の状況に心挫ける時がありますね。ため息が出たり、立ち上がる気力が起こらなかったり、何もかもが嫌になったり・・・。

 

 そんな時、「頑張れ」と言われたらかえって辛くなることがあります。頑張りたくても頑張れない・・・ここで苦しんでいるのですから・・・。

 

今日の言葉は、イスラエルが滅亡して後、崩壊した故郷にもどり、朽ち果てた神殿を前にして神の語りかけを聞いた時のものです。

 

 「勇気を出せ」と繰り返されています。これは単なる頑ばリズムではありません。神様自身が戦って下さる。頑張って下さる。だから、「勇気を出せ」なのです。

 

 神が共にいて、神自ら私の人生を先頭に立って戦って下さっている。そう思うと心がぐっと楽になって、立ち向かう力が湧いて来るのです。

 

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

6/13記載

 

** 今日の心のマナ **

 

 

『全て競技をする者は、何事にも節制をする。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするが、私達は朽ちない冠を得るためにそうするのである。』コリント第一9:25 

 

 

 

ワールドカップが始まりました。楽しみにしている方も多いでしょう。選手達の練習、節制、鍛錬は相当のものだと思います。一流になるのは並大抵のことではありません。

 

 そう思うと自分はまだまだ努力不足だなと思います。人間はとかく楽をして良い結果を得ようとするところがあります。結果を嘆くくらいなら、自分の果たすべき分にもっともっと力を入れることを考えるべきなのです。

 

 優勝してワールドカップを手にする国は一つです。そのために、必死に節制して練習するのです。ワールドカップは朽ちる栄冠ですが、私達は朽ちることのない賞を得るべく戦っているのです。

 

 神の賞与は結果だけによるわけではありません。そうではなく、どれだけ誠実に忠実に最善に努めるかが最も大事なのです。

 

 主が再びお出でになるとき、「良くやった忠実な僕よ」と言われる歩みをしたいと思います。安息日の平和と平安が豊かにありますように!

 

                                           広島三育学院高校チャプレン稲田 勤 ** 

 

今日の心のマナ **

 

 

『ただ、捕らえようとして追い求めているのである。そうするのは、キリスト・イエスによって捕らえられているからである。』ピリピ3:12

 

 

 

目標を定めることは大事です。その目標に向かって前進し続けることはもっと大事です。しかし、それは簡単なことではありませんね。

 

 

 

私達は弱いものです。心挫けるときがしばしばあります。「だめ」、「無理」という言葉が頭の中をたびたび過ります。実際に言葉にして出してしまうこともあります。

 

 

 

立ち止まったり、座り込んだりしながらも、それでも何度も立ち上がって前に向かう力はどこにあるのでしょう。自分自身の中にないことは確かです。

 

 

 

「キリスト・イエスに捕らえられている」。聖書はそう言っています。キリストによって神の愛のうちに捕らえられている。それが原動力だと言うのです。

 

 

 

幼い子が公園で遊んでいる時に、遊具から落ちて泣きながら母の懐に駆け込みました。「大丈夫」という母のぬくもりの中でひとしきり泣いた子は、再びその遊具に向かって走っていきました。

 

 「イエスに捕らえられている」といのは、きっとそういうことなのだろうと思うのです。

 

 

 ** 今日の心のマナ **

 

 

「しかし、ヨナは船の奥に下り、伏して熟睡していた。」ヨナ1:

 

 

広島は本日も晴天なり。今日が良き一日となるように祈ります。

 

 

 

私はヨナが大好きです。ヨナの意地っ張りなところが自分と重なるからででしょうか。

何より、そんなヨナに対する神様の優しい取り扱いに心癒されるからです。

 

神様の指示でも、気に食わないとへそを曲げて反対方向に逃げるヨナ。

乗り込んだ船の一番船底に下ってふて寝をするヨナ。

でも、神様はそんなヨナの行動を微笑みながら見ている感じがするのです。

 

 

 

自分にはできません。子供がふて腐れた態度を取るとすぐにイライラしてしまいます。

愛がないな~、器が小さいな~と情けなくなります。

 

 

 

でも、こんな愚かで意固地な自分をも神様は微笑みながら見守って下さっているに違い成りません。そして、必要なら神様の方法で私を正して下さるのです。

 

 

 

痛い思いをしなければいけないこともあるでしょう。

でも、その痛み中にでこそ神様の愛と優しさが身にしみて分かるのだと思うのです。

 

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

 

 

** 今日の心のマナ **

 

『その一そうはシモンの舟であったが、イエスはそれに乗り込み、シモンに頼んで岸から少し漕ぎ出させ、そして、座って、舟の中から群衆にお教えになった。』ルカ5:3

 

 

 

ペテロは、一晩中漁をして小魚一匹取れなかったのです。徒労に終わった失意と疲労は大きかったでしょう。イエス様は、そんなペテロの舟に乗って海辺から群衆に語られるのです。

 

そして、話が終わると、「沖へ出て漁をしなさい」とペテロに言います。その言葉に従うと、漁に適さない昼間なのに網が破れそうになるほど魚が取れたのです。

 

一匹も取れなかった夜と大漁だった昼間との間に何の違いがあるのでしょう。条件は昼間の方がずっと悪いのです。

 

一つ確かなのは、多くの魚が取れた時、ペテロの舟にはイエス様が乗っておられたのです。イエス様がいたのです。それが違っていました。

 

自分の生活の只中に、自分の働きの中心にイエス様を迎えているかなと反省しました。イエス様を迎えていれば、たとえ結果が伴わなくても神様に委ねた安心と平安が心に宿ったと思うのです。

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤 

 

** 今日の心のマナ **

 

『私はこれを聞いたけれでも悟れなかった。私は言った、「我が主よ、これらの事の結末はどんなでしょうか」。』ダニエル12:8

 

 

 

小説や映画は結末を気にしながら読んだり観たりしますね。本の場合、我慢できずに先に最後の部分を読んでしまったりします。

 

 スポーツ観戦は、勝敗が分からないこそドキドキします。結果が分かってから録画で試合を見るとどうなるでしょう。ひいきのチームが勝利したことを知った上で見ると安心して観戦ができるかもしれません。

 

世界の結末、人生の結末についても同じことが言えるかもしれませんね。人間にはそれがどうなるかは全く分かりません。特に、自分の人生がどのような最後になるかは想像すらできないのではないでしょうか。

 

 しかし、聖書は、世の終わりについて啓示しています。この世界がどのような道筋を通って終わりを向かえるのかが示されています。この世界は回復し、人間も救われ新しい世界に生きることができるようになるのです。

 

 その終わりを知ることができることは特権であり、恵みです。途上で何があろうとも、最終結末は救いであり、回復であり、平安であり、喜びなのです。

 

広島三育学院教会チャプレン稲田 勤

 

 

心のマナ アーカイブ

** 今日の心のマナ **

『彼らはバカの谷を通っても、そこを泉のある所とします。また前の雨は池をもっとそこをおおいます。』詩篇84:6

ウクライナの情勢が緊迫していますね。世界各地の紛争も気になります。終末を迎えている今、争いと災害は増えることはあっても、減ることはないのでしょう。

 

皆様の日常はどうでしょうか?個人的も大小様々な困難や試練に直面している方が少なくないことでしょう。

 

バカの谷とは、「涙の谷」との意味があります。涙せずにはいられない辛い経験をすることがあります。しかし、神様はその経験を「泉のある所」、すなわち恵みに満ちた経験に変えることがおできになるのです。

 

泉のために一生懸命掘る必要はありません。恵みは人間的努力によるのではありません。天からによるのです。神様が天を開いて恵みの雨を豊かに注いで泉として下さるのです。

 

今日も励ましの霊が、慰めの霊が豊かに注がれますように!

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

** 今日の心のマナ **

 

『とこしえに主に信頼せよ。主なる神はとこしえの岩だからである。』イザヤ264

 

 

四月を迎えました。学校は新年度を迎え、今週末には新入生が入寮してきます。

 

広島のキャンパスの桜も開花しました。ちょうど入学式の頃に満開になるかもしれません。

 

木を支えているのは大地の奥深くに根ざす根っこです。

大地という土台に深く根ざすことによって生命を保ち、しっかりと立ち続けているのです。

 

人間の生活も同じでしょう。どこに土台を求め、

どのようにそこに根ざしていくかが大切なのだと思います。

 

とこしえに変らない主なる神こそ私達が根ざすべき土台でしょう。

いかなる時も、このお方に信頼する者になりたいものです。

 

 

広島三育学院高校チャプレン稲田 勤

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2018 年9月23日更新

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